時のチカラ 運命のイト

〜TYPE:L NO.1〜


 ――ウロボロス。時空の女神自らが作り上げた唯一の種族。半人半蛇の姿をしており、時の力を操る。身体の一部が欠けると、その強大な力を制御できなくなると言う。

(種族ノ調査書より)


「その目をやめろっていってるんだよ!何度言ったらわかるんだい!!えぇ!?」
 地面にたたきつけられ、それでも青年は悲鳴の一つも上げなかった。中年女が彼をはり倒したのだ。理由は簡単。目つきが気に入らないと言うことだった。
「お前は大人しくあたしらの言うことを聞いてりゃいいのさ!!行き倒れになってたお前を拾ってやったのは誰だい!?」
 女の息子が青年の髪を掴んで、顔を上げさせる。右目が灰色、左目がエメラルドグリーンのオッドアイだ。いつもは長く垂らした髪を布で巻いているが、今はほどけて地面に散らばっている。
「二度とそういう目をするんじゃあないよ!!いいね!!」
 女が向こうに行ってしまうと、息子はにやりと笑って青年の目をのぞく。
「わかったな、余所者リュネー」
 おどけた口調で言い、身を起こした青年を蹴倒して行った。
 ―――これが、時空の女神の寵愛を受けたウロボロス、リュネーの今の生活だった。
 
 仲間を捜していたときに嵐に遭い、そのまま気絶してしまった。そしてこの村に住む女に拾われた……彼らは最初こそ優しかったが、彼が無意識のうちに放つ強烈な魔力によって気味悪がられ、いつしか虐げられるようになった。虐げられ、罵られながらも、感情が不必要に暴走しないために押さえるのは思った以上に楽だった。
 ため息を付いて、リュネーは服の埃を払った。ただ押さえるときの瞳がどうやら気に入られなかったようだ。
(まあ、仕方ない)
 包帯のような布を髪に巻いていく。こうしないと邪魔なのだ。切るのが一番良いのだろうが、彼はあえてそれをしなかった。巻き終わり、立ち上がって仕事をする。拾ってくれたのは事実だし、それで命が救われたのも事実だ。だからこのような仕打ちも甘んじて受けている。
 頭を振ってリュネーは考えることを中断した。そうしないと怒りがこみ上げてくるからだった。これが、日常である。
 そう、これが日常。

 しかし、そのような比較的平和な日常は突然終わりを告げる。

「この村にリュネーという青年がいると聞いたのですが…」
 突然の来訪者に村は沸き立った。来訪者はカミルと名乗り、自分と共に都の方に来て欲しいという。村長の妻でありリュネーを養っている女は図々しく自分の息子を前に押し出した。
「それなら私の息子のことでございます……今年で齢二十二となりますし、都仕えにはちょうど良いかと……」
 一歩前に進み出、息子は鼻を鳴らした。さも連れて行って当然だという態度だったが、カミルはさして気にしてもいないようににっこりと笑い、部下に少し下がるように伝える。そして、
「そうですか……ではリュネー君、少々よろしいですか?」
 彼はゆっくりとした足取りで自称リュネーに歩み寄り、手首にどこから出したのかナイフを当てた。
「え…何すんですか?」
「これから君の手首に傷を付けます」
 『リュネー』の顔が、恐怖で引きつる。
「し、し、死んじゃいますよ!そんなことしたら!」
「だからその傷を『時を早めて』治すんですよ。できるでしょう?」
「で……できるわけないですよ!そんなこと……」
 女は自分の息子が殺されてしまうかと思ったのか、二人に駆け寄る。
「もうやめてくださいまし……」
「いいえ、偽物でない限り、時空の女神の寵愛を受けたはずだから、これぐらい当然できるはずだ。できないはずはない」
 先ほどとはうって変わった冷たい口調に女が思わずひるみ、その隙にカミルが『リュネー』の手首をナイフで深くえぐった。血がほとばしり、地面に赤いポイントを施す。傷を受けた青年が苦しんでのたうち回るその様子を彼は冷ややかに観察していたが、やがて青年に回復の魔法をかけ、部下に言った。
「おい、ガセネタだったようだ。引き上げるぞ」
 水を打ったかのようにしんとなった村を背に、カミルは去っていった。
 次に村を沸き立たせたのは、村長の妻の声だった。彼女はリュネーを見つけだすと、地面に突き倒した。まだ傷の痛みでうめいている息子を大事そうに片手で抱き、リュネーに罵声を浴びせる。
「お前のせいで、私の可愛い子が殺されかけたじゃないか!!どうしてくれるんだい!?お前がこの村に来てからろくな事がない!!」
「自業自得だ……」
 ぼそりと呟いたリュネーの反論を、彼女は聞き逃しはしなかった。村の青年が持っていた護身用のナイフを奪い取り、リュネーに突きつける。
「やっぱり余所者なんか拾うんじゃなかったよ……邪魔にしかならないからね!!お前なんかとっととおっ死んじまえばよかったのさ!!!私の子を傷つけた罪は重いよ!」
 そう言うなり、彼女はナイフを振り上げる。刹那。
「……!!……っ……」
 右目が熱くなった。次にえぐられるような感触があり、同時に激しい痛みがリュネーを襲った。がくんと膝を折り、前屈みになる。その拍子に地面が見えた。赤い血だまりの中に、自分のものだった灰色の瞳をした球体が浮いている。一瞬彼は、どうやったらこんな綺麗にえぐれたのだろうかと純粋に不思議に思った。右目が途方もなく熱い。村人達の声が聞こえる。紋様がどうだとか、目が何だとか。
「反抗的な目は『犬』にでも食われちまえばよかったのさ」
 血の匂いに、『犬』が集まってきた。キィキィと鳴きながらリュネーの右の目玉を争いながら喰らい始める。
「右目だけで勘弁してやるから、私の子に土下座して謝ってからここを 出な!!早くするんだよ!!!」
 血染めのナイフを振り回して、女が叫ぶ。その言葉と村人達の罵声で、リュネーは遂に立ち上がった。そのついでに『犬』を数匹、捕まえて。
 人のような姿をした下等生物は非難がましい声を上げていたが、やがて皆鋭い断末魔の叫びを上げ、リュネーの細身の指から土となってこぼれていった。村人達の間に、恐怖の声が広がる。
「……何様のつもりだ」
 女の前に立ち、女の顔に手を伸ばす。
「ひ……ひぃっ……近寄るんじゃないよ!!!余所者のくせに……何のまねをしてるんだい!?養ってやった恩は……」
「『余所者のくせに』『養ってやった』……?ふん、ふざけたことを……」
 リュネーの手が女の顔を掴んだ。彼の端正な顔は怒りにゆがみ、ぎりぎりと手に力をこめる。そして彼は言葉を紡いだ。
「消えるのは、貴様だ。」
 次の瞬間、絶叫と共に女の身体が引きつった。やがて肌がミイラのようにかさかさに土気色になり、そのまま崩れ去る。彼女の服だけが地に落ちた。そばで息子が化け物と叫び、村人が一斉にリュネーを取り囲む。
「悪魔を殺さなくては!」
 口々に言う彼らを一瞥し、リュネーは再び手を挙げた。言い放つ。

「……クズが。貴様らすべて、時の渦に飲まれるが良い……」

 人々はリュネーの額に、確かに見た。無限の時を表す横になった8の字を。彼らはここで初めて、彼が本当に女神の寵愛を受けた者だと知り、後悔したが遅かった。
 大きな何かに包み込まれるような感触を最後に、彼らはすっかり消滅してしまったのである。たった一瞬で。
 時の渦の力でこの場所だけやや時が進み、村は廃墟と化した。その場所が草原となり、廃墟を埋める。
 リュネーはそのまま草原に倒れ込む。強い感情を表に出したためか、力を大量に使ってしまったからか、とにかくひどく疲れていた。もう、何もかもどうでもよかった。
 しかし、彼の頭の上から男の声が振ってきた。

「我らの同族よ。女神の寵愛を受けし者よ。特に強き力を受けし者よ。我らと共に来るがいい」

TYPE.L No.2 に続く



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