〜TYPE:T NO.1〜
“三大竜の護る大陸”テフィロスアレイ。『大崩壊』の後、新たに出現した種族、『天使』は、驚異的な権力によって、一角獣、魔狼(まろう)、風霊をも凌ぐ巨大な王国を作り上げた…… (天使国歴史書より) そこだけ読むと、少女はぱたんと本を閉じた。淡いプラティナ・ブロンドが灯によって柔らかな光を放つ。島国、天照国風の衣装を身に纏い、スカートの裾を引きずりながら少女は本棚に本を戻した。暗く閉ざされた部屋から彼女は一歩も外に出られないのだ。 大きな菫色の瞳は悲しげに扉を見つめ、やがてそっと首を振り、再びベッドに腰掛ける。……外からは、彼女の二人の姉が父王に何かを話しているのが聞こえた。 (ねぇ、お父様……城下町にすごく綺麗な髪飾りを見つけたの……) (そうかそうか。お前も早く私のあとを継いで、婿を迎えて私を安心させておくれ……) (姉様ばかりずるいわ……私だって何か欲しい……) (わかったわかった……ティカはどうした?) 少女はまた扉を見た。姉達の声の調子が一変するのがわかった。 (ティカ?お父様、まだあの子にこだわっているの?あの子は翼が赤っぽいし、小さいし、その分魔力が強くて、ほっといたら何しでかすかわからないじゃない!) (しかし……たまには外に出してやっても……) (じゃあお父様……姉様には髪飾りで、私には指輪をくれたらいいわ。ね、姉様?) (……そうね。でもお父様、あの子は少しでも優しくするとつけあがりますからね。) (……わかっている。) 足音が近づき、父王が扉を開ける。そして冷たく突き放す言い方で娘に告げた。 「外に、一時間だけ出ても良い。力を暴走させるなよ」 母様が生きてらしたらいいのに、とティカは思う。そうすれば父様も姉様達にでたらめを吹き込まれないですんだのに。 小さな翼。赤みがかった翼。その分、強くて制御するには大量の精神力を要する魔力。他と違うのはそれだけ。後は普通の天使なのに……中庭を歩き回りながら、ティカは考え続ける。美しい姉達。大きな翼。私にも欲しかった……。 涙がこみ上げてくるのを感じ、ティカは一度考えるのをやめた。ごしごしと袖で涙を拭って、小さな羽を軽く羽ばたかせる。そして父王が彼女を、あの冷たい声で呼びに来るまでじっと何かを考えていた。 夜。三つの月は満チ月で、明るく周囲を照らしている。そして、天使の王国よりやや遠い森の中を、ティカは走っていた。きっと父王は自分を捜させるだろう。王国の王家の掟を破ったのだから。娘が自分のせいで城を逃げ出したとなれば、それは天使王族最大の汚点となる。 ティカはなおも走り続けた。何もかも嫌で、城を飛び出してきたけれど。あぁ、きっと父様は気づいている。私が逃げ出したことを!そして私を連れ戻して、もう永遠にあの部屋から出してもらえないんだ…… そこまで考えたが、ティカはそこで考えを中断せざるを得なかった。 衛兵が二人立ちはだかっていたのだ。ティカは長い髪を振り乱したまま立ち止まった。 (まさかもう、こっちに来ていたなんて) ティカは愕然として前にいる衛兵を見た。少しの沈黙の後、衛兵のうち一人が口を開いた。 「ティカ王女。王国王家の掟、『国王家のものは、国王の許可なしで他国に行くことを禁ずる』を破ったことにより、天使における最重の罰を与えよ、との命が下っております。」 「……うそ……」 息を切らせて、ティカは呟いた。無情な命はまだ続く。 「……王からの勅令です。『第三王女には王家の地位剥奪と、天氏族追放のために片羽をもぎ取ること、それによる生死は一切問わない』そうです」 「ティカ王女。お気持ちはわかります。しかし王の命ですので」 衛兵が剣を手に一歩近づく。薄手の水晶の剣。硬度を強化するための、魔法コーティングのほの白い光が見えた。 と、唐突にティカが走り出した。衛兵の間をすり抜け、つまづきながら走る。涙がポロポロとこぼれた。―――片羽を失うこと。それはつまり、天使ではなくなること……。 (どうして?私……お城を出た以外は何にもしていないのに……) 息が上がり、苦しかったが走り続けた。しかしまだ10歳の少女の足では大人には勝てない。とうとう押さえられてしまった。 「……嫌……」 「これも運命の女神様のお決めになったことなのです」 右の翼の付け根に、剣の硬い感触が伝わる。 「……嫌……!」 「裁きを」 低く衛兵のつぶやきが漏れ。 刹那。ティカの絶叫が森に響き渡った。背中が血にまみれ、倒れ込んだ草地に赤い血だまりを作る。衛兵達の手には血の滴る剣と、やはり血まみれの赤みがかった翼。 「刑は執行された」 静かに言い、衛兵達は立ち去った。地に倒れ伏したティカを残したままにして。 風が吹き抜け草を揺らす。ティカは虚ろに目を開いたまま、背中から血が流れ出る様を感じていた。 (私……死ぬのかな……) ひどく眠くなって、ティカはそのまま目を閉じた。月の光があざ笑うかのように目の中に差し込んでくる。 (そういえば小さい頃、父様や母様と一緒に、こんな月を見たっけ……) 〜TYPE.T No.2 に続く〜 |
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