時のチカラ 運命のイト

〜TYPE:T NO.2〜

 


「ティカ、ごらん……綺麗な月よ」
 母の優しい声が耳に届いた。おもちゃから手を離し、ぱたぱたと駆け寄る……あれは幼い自分だ。幼かった頃の夢。幸せだった頃の切ないユメ……ティカはぼんやりとそれを見ていた。幼い自分は身を乗り出して月を見ている。
「おやお前……まだ起きていたのか?」
 父の声。セピアがかった映像の中で、今より少し若い、今よりずっと優しそうな父王が姿を現す。
「あなた……えぇ、あまりにも月が綺麗だったもので」
 母は優しく微笑すると、幼いティカを抱き上げ膝の上におろす。
「そうか……無理はするなよ……」
 そう言いつつ、父は母の隣に座る。
「どれ、その子をよこしてくれ……おお、よしよし……よく笑う子だ、お前にそっくりだ」
「ふふ……ねぇ、あなた……今度迎えることになっている養子のことだけれど……」
(養子?)
 ティカは驚いて、母の顔をじっと見た。
「あぁ、あの二人姉妹のことか……あの子達がどうかしたのか?」
「……えぇ。嫌な予感がするの……あの子達の未来も、この子の未来も、不幸になるような気がするの……ねぇ、あの子達には悪いけど、他の誰かに頼めないかしら……」
 父はそこで、母のことをぎゅっと抱きしめた。幼いティカも一緒に。
「……あの子達も、ここに来ることを喜んでいたじゃないか。可哀想じゃないか、な?大丈夫だよ。皆、幸せにしてみせる」
 母はそれでも不安そうで、幼い娘をずっとなでていた。
(母様……)
 ティカは泣きたくなった。母は自分と姉たちの不幸を予測していたのだ。姉たちに追われて国から追放された自分と、おそらくますます欲にまみれ、堕落していくだろう姉たちを。
(母様に会いたい。会いたい……)
 こんなに近くにいるのに、触れられないなんて。
(父様……優しかった父様……)
 養子に来た姉たちは、母が病死して気落ちしていた父王にあらぬ事を吹き込んだ。「悪魔の子」「いつか父上も殺しかねない」「母上を殺したのも」「追放すべき」……。
(どうしてだろう……私が、邪魔だったの?)
 問いに、答えるものはいない。次第にセピアの光景が暗くなり、夢が終わる。聞こえるのは姉たちの嘲笑。

『死んじゃえばいいのよ、あんたなんか!!アッハハハ……』
『悪魔の子!!そうじゃないって、どうやって証明できるの?……出来ないでしょう?うふふふ……』
『王族の実子だからって、いい気になるんじゃないわよ』
『まあどうせ死んじゃうんだから、権力はこっちのものよね。ご愁傷様、お気の毒に!!あははは!!』
『天使でもなくなったあんたに、何が出来るの?言ってご覧なさい、おチビちゃん!ふふ、あんたに出来ること、それはねぇ……』

『王家の名前を汚した罪を、死んで償うことよ!!!』

(死んで……)
 ティカは薄れていく意識の中で、姉の言葉を繰り返した。生暖かい血が止めどなく背中を伝っていく。
(私はどうして生まれたの……こうなるんだったら……生まれてこない方がよかった……)
 母が死んでから抜け殻のようになった父。その父を利用して自分を追放した姉たち。こんなひどい結末。こんなひどい生涯……。
(天使でも、王族でもなくなっちゃたら、私……何なの?)
 風が吹いてティカの髪を揺らす。一面血で真っ赤に染まった草が、月の光に鈍く反射する。ティカはもう一度、自分に問いかけた。草地に身を横たえたまま。

「……・私は、何なの?」

 天使でもなく、悪魔でもなく。他の種族でもない。王族でも庶民でもない、中途半端な存在。そのことを素直に受け止めるには、ティカはまだ幼すぎた。少女にそのレッテルはあまりにも重いものだったのである。彼女は残酷な結末を迎えたこの運命を受け入れようとしていた。その流れに身をゆだねようと、少女はそっと意識を手放した。

〜出会い に続く〜



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