時のチカラ 運命のイト

〜出会い〜

 


「気が……ついたか」
 男の低い声に、ティカは頭を上げた。どうやら彼が治してくれたらしい。
「あなたは誰?……治してくれたのは、あなた?」
 我ながら失礼だと感じたときに、青年が口を開いた。
「……リュネー、だ……」
 包帯の巻かれた右目に手を当て、彼はそう名乗った。黒髪に緑の目の、不思議な雰囲気の青年。吸い込まれそうなほど澄んだ、上等のエメラルドのような瞳に当惑する。そしてティカは、彼の体が小刻みに震えていることを知った。
「どうしたの……大丈夫?目、痛いの?」
 リュネーの目が閉じる。荒い息づかいに、ティカは不安になる。
「私の……ことは、いい……」
「でも、ほっとけない……」
 菫色の大きな瞳を瞬き、彼女は言った。小さな手をかざし、大きく深呼吸をする。
「包帯、取ってくれる?」
「……後悔……するな……よ」
 ゆっくりと彼は包帯を解いた。白い包帯がすべて地に落ちたとき、ティカは叫びそうになった。右目がないのだ。そしてその空洞の下に、赤黒い紋様が浮き出ていた。額にも紋様と一つの小さな印。“永遠”を意味する、∞の文字。
「……『ウロボロス』……?」
 聞いたことがあった。この世界を守る三体の竜を作り上げた女神は、姉である時空の女神に、たった一種族だけ創造させたという。そしてそれが半人半蛇のウロボロスであると。しかし女神の強大な力を手にした彼らは、やがては他種族にねたまれ危険視されたあげく、絶滅寸前にまで追いやられたのだと。更にその中に女神の寵愛を受けた者がおり、その力はこの世界を吹き飛ばすほどの危険な力だという……。
 風が吹き抜け、ティカの長いプラティナ・ブロンドが舞う。その呟きも風にさらわれたかのように思えたが、リュネーは再び薄く目を開けて弱々しく言った。

「……お前は……危険だ、と……いわれる……ウロボ、ロスを、助ける……のか……?」

 エメラルドの瞳が痛みでかすかに歪んでいる。そこに悲しげな色も混じっていたので、ティカは黙ってうなずいた。
「どんなに危険だって……困ってる人は放っておけないもの……」
 意識を集中させ、手をリュネーの右目につける。魔力が手から外に放出されるのがはっきりと伝わり、暖かい光がリュネーに降り注ぐのを感じた。しばらくの間そうしていたが、やがてティカはリュネーの右目から手を離した。リュネーは荒れ狂っていた痛みが消えたことにやや驚きの色が隠せなかったらしく、じっとティカを見つめている。そして思い当たったように口を開いた。
「強い魔力、小さな翼、赤い羽根色……お前は天使国の第三王女だな」
 ティカは一度うなずいた。しかしすぐにうつむくと、
「でも……私はもう……王族でも、天使でもないもの……」
 と、消え入りそうな声で呟いた。
「……天使族の極刑だな。どうしたんだそれは」
「……王位継承の選択権の無い、養子の姉様たちに……」
「殺されかけたのか?」
 うなずいて、ティカは目を閉じた。
「姉様たちは……私が邪魔だったのよ……だから……」
 リュネーはティカの言葉をじっと聞いていたが、やがてこう言った。
「ねたみ、か。私も、仲間から迫害された。押さえ切れぬ女神の力。私は女神の寵愛を受けたが、自慢しているわけではない。偶然備わったものだった……危険視され、狙われるのも、すべて私のせいにされた。どの種族においても、ねたみというものは存在するのだ」
 そう言って彼は包帯を手に取った。少し弄んで、包帯を巻き直す。切れ長の目は静かな海のようで、彼の心情をより伝えにくくしている。
「どうしてかなぁ……リュネーはたまたま力が強くて、女神様に愛されてただけで……私もたまたま力が強くて、たまたま血のつながった王女なだけなのにね……」
 ティカはそう言い、抱えた膝に顔を埋めた。
「……どうするんだ、これから」
 唐突に尋ねられ、ティカは顔を伏せたまま首を振る。どうせ城に自分の居場所はないのだ。おそらく、国のどこにも。
「私は……狙われているぞ。一緒にいると、危ない」
「でも私……行くところがないもの……」
 涙声で告げる声に、リュネーはそっとため息をついた。

 明け方。
「……良いな。後悔するな。私の力が暴走したときは、死を覚悟しておけ」
「うん」
 リュネーは思った。
(どうしてこの娘を追い払わなかったのだろうか)
 ティカもまた、思った。
(どうしてこの人についていきたいと思ったのだろう)
 と。
 背中についていた血はもう洗い流してあり、布は本来の色を取り戻していた。日の光が輝き、二人の姿を照らす。しばらくそれを眺め、リュネーは歩き出した。ティカが後からついていく。どこへともなく、宛もなく。やがて木の陰が二人の姿を隠した。

―――運命(さだめ)のイトは絡み合い、時のチカラは流れゆく―――
―――これは、同じような運命を持った、二人の物語である―――

〜時のチカラ 運命のイト 了〜



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