No.2
初仕事から一週間が過ぎた。あれ以来は大したこともなく、たとえば道ばたで死んでいる猫の子供を引き取ってから、その親猫の魂の未練を切ってやったりとかいう事をやっていた。 そんなある土曜の部活の時。ヘルルが俺のそばに寄って来て言った。 「竜介……ねぇ、またあの人見てるよ……どうしよう……」 あの人……禊先輩のことだ。最近ヘルルをじっと見つめている回数が多くなってきた。やっぱり見えてるのかな?ヘルルが不安がるのも無理はねぇけど…… 「どうしようって……別にいいんじゃねぇの?」 「あたしがよくないのよ。ねぇ、見えてるのかどうかあんたから聞き出してよ」 勝手な奴だなぁ……いくら昔からの付き合いだって言っても、やっぱりちょっと遠慮があるんだぜ? 「竜介ぇ、頼むよぅ……このままだとあたしノイローゼになっちゃう!」 「オーバーな奴だなぁ。わかったよ、しょうがねぇなぁ……部活が終わったらな」 ヘルルはまたちらりと先輩を見た。そんなに……怖い……のか?別に対して怖くはねぇけどなぁ。 「なんかねぇ、怖いって言うか……雰囲気が普通の人と違うの。うまく言えないんだけど、なんか違うの。何かに守られてるって言うか、なんて言うか……」 「そうか?別に普通だけどなぁ……あ、禊先輩!」 外で待っていたら、制服姿の禊先輩が出てきた。 「ん」 「あのっ……そこにうまいケーキがある喫茶店があって……!い……一緒に行きませんか?ちょっと相談事があって……」 禊先輩は甘い物が好物だ。そのこともばっちり考慮に入れてある。 「僕たちも一緒に行っていいかい?」 俺はヘルルに視線を送った。首を振る。どうやら梅宮先輩と綱元先輩には全く見えてないようだ。……まあ、見えるっぽいのは禊先輩だけだからなおさらだな。 「あ……すんません、禊先輩にだけ聞いて欲しい相談事なんで……ほんと、すんません」 「そっかー、残念だなぁ。ゆう、行こうか」 「おう、いいぜ。じゃぁな、禊」 「ケーキの食べ過ぎで気持ち悪くならないようにね」 「ん」 二人の後ろ姿を見送ってから、俺は先輩を促した。 「すぐそこっすよ、いきましょうか」 喫茶店に誘った理由は、まぁ先輩のことの他にも俺の腹が減ってたからだなぁ。 「……」 ん?珍しい。ヘルルが黙ってる。珍しすぎる……。そう思ってヘルルを見てると、先輩が尋ねてきた。 「……男同士で喫茶店か?」 「え?だ……ダメっすか?」 「いや……よくかずに連れられて行くから別にいいが」 本当に無口な人だ。慣れてるけど、改めて思う。先輩の長い髪が歩くたびに軽く揺れる。確かゴムじゃなくて紐で髪まとめてるんじゃなかったか?……あ、当たった。 しばらくそんなことをぼんやりと考えていた。 「……ここか?」 「へ?あ、いえ、全然何でも!」 いきなり声をかけられて、俺はついとんちんかんな答えを言ってしまった。ヘルルが呆れたようにため息をつく。俺はそれをごまかすために、勢いよく喫茶店のドアを開けた。 席は比較的空いていた。これから客が入ってくるだろう。席に腰をかけ一息ついた。メニューを広げる先輩を目の前にし、俺はどうやってこのことを切り出そうか悩んでいた。今じゃないとチャンスがない。客がいっぱい入らないうちに言っておかないと…… 「あの、先輩」 「ん」 いつも通りの短い返事。俺は覚悟を決めた。 「その……コレ、見えますか?」 俺は今更になってテーブルの下に逃げ込もうとするヘルルをひっつかんで引っ張り出し、テーブルの上に放り出した。先輩の目がはっきりとヘルルを見る。 「うん……やっぱり錯覚じゃなかったのか」 「見えるんですね?」 「ん」 「こいつはヘルル。半人前の死神なんです……」 俺は一通り話をした。禊先輩は黙って聞いていてくれた。 「……てなわけで、俺は今死神手伝いをしてるんです」 「そうか……なるほどな。それでその子が……」 ヘルルはと言うと……ん?あ!あのヤロウ、ちゃっかり先輩の肩の上に乗ってやがる!図々しいことこの上ないぜ! 「ねぇ、何にも食べないの?」 こいつ…… 「そうだな。折角だし」 やっぱり先輩は甘党だなぁ。先輩の頼みだし、何か頼むか。俺苦手……なんだけどな。甘いの。とりあえずあまり甘くないのを適当に注文する。三つくらいケーキを頼んだ先輩が、ふとすまなそうに謝った。 「あ……すまん。つい……金は俺が払うから」 「いや、いいっすよ!先輩の甘い物好きはとっくの昔に知ってますし、おごりますから!」 「ん……」 ヘルルが先輩の左手首についた細い鎖を引っ張って言った。 「あ、これよこれ。あたしが普通の人と違う雰囲気だって言った原因」 「ん?」 親指の爪大の瑠璃の玉がくっついている。銀色の竜のような生物が絡んだ、なかなか渋いデザインだ。 「ねぇ、じっくり見たいわ。外してくんない?」 先輩は少し手を持ち上げた。ヘルルが鎖をほどきにかかる……が、困ったような声で言った。 「え?何コレ?つなぎ目が無いじゃない」 「俺が生まれたときからつけていた物らしい。小さい頃は外せたんだが……。昔外して刀で遊んでいたら、こけてここを怪我した」 ほっぺの傷にはそんな過去が……ちょっと笑えた。 「コレを持っている者は、大きな災いに巻き込まれるらしいが……同時にその災いから身を守ってくれるそうだ。……あ、災いで思い出した」 先輩は姿勢を正すと、 「相談があるんだ。お前の話を聞いていたら、頼めそうな気がしてきた」 「はい?」 「実は……いきなり両親が高熱を出して倒れたんだ。風邪にしては症状が違いすぎる……医者に聞いても原因不明で手が付けられない。しかもそれは、家に不気味な来訪者が来て、とある像を置いていってからなんだ」 これは……。俺はヘルルを見た。うん、とうなずいて、ヘルルが呟く。 「像……原因不明の高熱……何かの儀式に使われた物の可能性が高いわね……死霊や怨霊の関わってるニオイがする」 「……そうか……」 「先輩、俺達が助けてあげます!おじさんやおばさんにはいっぱいおせわになってるし……だから安心してください!」 禊先輩は静かに頭を下げた。こんなに必死な先輩、初めて見た。小さな声が聞こえた。 「……すまない。……頼む、どうか……」 「まかせてください!」 そう言った後、ケーキが運ばれてきた。 「どうぞどうぞ、折角だし食べてから行きましょう」 「ん……」 かすかに笑って、先輩もうなずいた。 * * * * * * * * * * * * * 俺の家のちょうど反対側に、神楽道場は位置している。裏には山があり、その頂上には綺麗な湖がある。水龍様が住んでいるんだという伝説もあるんだ。その湖を守るのが、水龍様の血を引く神楽家の人たちなんだとか……ちなみに道場の前には、古い骨董品から女子高生に人気の可愛いアンティークまでそろっている骨董品屋『水龍』がある。 「閉店……?」 「両親が寝込んでいるからな……こっちだ」 そう言えば、先輩の家に直接行くのは初めてだ。裏の湖には家族ぐるみでピクニックに行ったことが何回もあるけど……。裏に回ると、バカでかい道場があった。その隣にもでかい家がある。 「中に荷物を置くといいぞ……ただいま」 ぱたぱたと足音がして、禊先輩のお母さんが顔を出した。 「お帰り、禊」 「母さん……寝てろってば」 「昨日よりもだいぶ楽になったのよ?あら竜介君じゃない!まぁ大きくなって……ごめんなさいね、こんな格好で」 相変わらずおしゃべりだ。そんなおばさんの後ろから、おじさんも出てきた。 「お、禊、帰ったのか!おー鈴木のせがれも一緒か!」 余談だけど俺の親父とおじさんは仲がいい。熱があるとは思えないほど、おじさんは元気だった。 「寝てろって……俺がもてなしておくから」 「そう?ごめんね、禊……じゃぁ竜介君、お父さんとお母さんによろしくね」 「今度一度手合わせしようなぁ!」 おじさんとおばさんは奥に引っ込んだ。居間に通してもらって、椅子に腰掛ける。 「昨日はだいぶひどかったんだ」 「……怨霊のニオイがするわね、やっぱり」 ヘルルがテーブルに陣取り、見回して呟く。 「お店の方からぷんぷんするわ」 「そうか……ん、お帰り明香(めいか)」 あの生意気そうな顔。確か小学生の、先輩の一番下の妹だ。俺のことをなぜだか知らないけどうるさく言うんだ。 「……ただいま。お兄ちゃん、おやつは?お姉ちゃんは?」 「冷蔵庫にプリンが入ってる。港はもうすぐ帰ってくるよ。あっちで遊んでなさい」 「うん」 こっちをにらみつけてる。感じわりぃな、おい。そんなにガン飛ばさなくたっていいだろ!? 「じゃあ行こうか」 先輩は袋から刀を取り出した。……ん?刀!? 「わぁ!せせせせ先輩!!危ないっすよ!!」 「こう見えても居合いの師範代だ。扱いには慣れてる。それに……神楽家の跡継ぎには、いざというときのために剣技が与えられている」 「でも……やっぱ危ないっすよ!俺なんかがこうやって……あ、あれ?抜けねぇ……」 ボンドでくっついてるように、刀が抜けなかった。おかしいな?そんなことあるのか? 「神楽家の跡取りにしか抜けないようになってるんだ」 不思議なことを言って、先輩は歩き出した。俺も木刀(鎌)を持って後に付いていった。 「お兄ちゃん、ただいま。鈴木先輩、いらっしゃい」 ひょ〜、港ちゃん♪一つ年下なのに大人びた雰囲気がたまらないぜ♪ 「港。明香が待ってるから遊んでやってくれ。少し用事があるから」 「はーい」 港ちゃんが家に入った後、先輩は店の裏口を開けた。洒落た雰囲気だが、どことなく背筋が寒くなる何かがあった。 「……いるわね」 「おう。暴れてやるぜ」 「……待て。外に持っていく。暴れられては困るからな」 あ、そうか。確かに……先輩はさすがだな。外に出て待った。先輩がその像を持ってくる。くすんだ赤色の、何となく不気味な像。少女が無邪気に笑っている。笑っているのに、ぞっとするのは何でだ? 「これだ」 先輩はそれを置き、ヘルルを見た。 「うん……このままじゃ無理だわ。像を壊せば出てくるかも。禊さん、お願いできる?」 「……分かった」 禊先輩は滑らかな動きで抜刀した。淡く青みがかった刀が像を真っ二つに割る。中から何かが飛び出してきた! 「こいつが……!」 「先輩も見えるんですか!?」 「これだけたくさん怨霊がいれば、誰にだって見えるわよ!」 渦巻く炎の中に、何十人もの焼けただれた顔が見える。 「きっと……手呪いの儀式で生け贄にされた人たちね。苦しみのあまり、他の人たちにも害を……」 「だーーー!!うだうだはいいからよぉ!さっさとしようぜ!」 「同感だ」 熱風が吹き付ける。俺は鎌を振り上げた。ヘルルがその隙に奴らの後ろに回り込む。 「そーぉ……れ!!おりゃっ!」 ヘルルの鎌で、あっけなく三つに分かれた。え?もう終わりかよ? 「うそぉ!?」 「な……」 「え?お?げげっ!」 なんと、奴らは三体になっていた。熱風が激しくなる。 「ひ、ひ……一人三体ーーーー!!」 ヘルルが叫ぶ。 「……分かった」 先輩が刀を握り直す。そして俺も。こうなったら徹底的にやってやるぜ! 「鎮魂、静魂、消魂……“浄”!!」 ヘルルの術が決まった!魂を浄化して捕まえる術らしい。半人前だから成功する確率は低いって言ってた気がするが……ピシイッと音がして、奴らが光る玉になる!やったじゃねぇか!ヘルル! 「はあぁ!」 禊先輩の刀が青白く輝く。あれは……水か!?熱いフライパンに水をぶっかけたような音がした! 「熱くて……苦しかったんだな……」 先輩の呟き。意味は分からない。そして水を出した刀は、何もなかったように先輩の手の中にあった。 そして、見惚れていた俺はと言うと。 「!うわっ、あちちち!!」 くっそー、自慢の髪が少しチリチリになっちまった! 「おらぁっ!!!!」 スパーンと斬り倒す!その時、声がした…… 『……熱いよぅ……』 『……苦し……よ……お父さ……母さ……ん……』 『私……かわい……坊や……何処……?』 『ひど……どうして……こ……な……』 「!……」 苦しくて……苦しすぎて暴れて人に害を与えてたんだな。こんなに苦しむ人たちを…… 「竜介っ」 「分かってるよ!!」 そうだ……俺はこいつらの悲しみや苦しみを斬らなくちゃいけねーんだ!鎌を、渾身の力を込めて振った!! 「…………」 『あれ?熱くないよ……』 『苦しく……ない?』 「それで……もう大丈夫だろ?」 『お兄ちゃん、ありがとう!』 『ありがとうございます……!』 次々と光の玉が生まれた。ヘルルのカゴに入っていく。最後の光がカゴに入ると、先輩はまた頭を下げた。 「ありがとう……」 「いいっすよ。それにしても驚いたな……その刀、俺達の鎌と同じ働きが出来るんですね」 「さぁ……偶然かもしれないぞ?」 「ううん。その刀、神様の気配がする。だからきっと同じ事が出来るわ」 先輩はしばらくじっと刀を見ていたが、 「そうか……なら俺も、お前に協力できるな」 え?協力?それはつまり、もしかして……! 「俺も手伝ってやる」 「マジっすか!?うわぁ、やったーー!」 「禊さん……ありがとうございます!!」 粉々に砕けた赤い像が、風で砂のようになって消えていった。 〜No.3に続く〜 |
第二弾です。禊先輩は甘党です。
カレーは甘口、キムチも食べられません。辛いのダメです。
どうやらこれが人気の秘密……らしいです。
これから先の話は禊先輩もでばって来ます。ただ先輩を出したかったからだとか、
そんなことはかけらもございませんので(滝汗)
誤字脱字チェックをしていた相棒がこう言いました。
「男二人連れだって喫茶店行くか?」
「え?行かない?ほらだって先輩甘党だって知ってるし」
「いや、梅宮君の方は金持ちのお坊ちゃんだから分かるけど。
竜介普通の男子高校生だよ?牛丼屋とか連れてくんじゃない?普通」
「う゛……」
「それで、甘い物好きの先輩が、好物が無くて無言で落ち込むのって可愛いと思うんだけど」
「あ」
しまった!! そうすればよかったぁぁぁ!!!!
……後悔しても後の祭り。このまま印刷してしまいました。しくしく。
書き直ししてもいいんですが、そうするには少し面倒くさい(そっちが本音)
まだまだ続きますが。いらない続きが(泣)感想やイラストなんか下さると嬉しいです。
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