No.4
「空き家ぁ〜〜?」 「そうよ」 居間のテーブルに座り、ヘルルが力んで言った。 「あたし、あんたがベンキョーしてる間にいろんな所飛び回ってるの。その辺のオバチャン達の話も聞いてくるのよ。そしたらねぇ、この付近にある空き家に入った子供が行方不明になっちゃうんですって。実際行ってみてきたわ」 「……で?」 「案の定、死霊のニオイ」 俺はちらりと時計を見た。日曜日の九時二十八分。……ヘルルの顔には、当然行くわよね?と書いてあった。やれやれ。 「……先輩には?」 「もう話してあるわ」 早っ。 「いつの間に……」 「あんたが呑気に寝てる間よ。もうすぐ来るわ」 先輩……ごめんなさい。このバカのせいで折角の休日が台無しになっちまったんでしょうね……うう。 そう思っていると、玄関のインターフォンが鳴った。 「行きましょ」 俺は大げさにため息をついて、外に出た。 歩いて三十分。なかなか大きな家に着いた。一見普通に見える家。中から子供の声が聞こえてくる。 「……ここか?」 「……うん、そう」 「……声がするぞ?」 これは禊先輩。 「……そうね。でも確かに死霊のニオイがするのよ」 じれってーなぁ。こういうのはさっさと入るのが一番だよ。そうだろ? 「……とにかく中に入ってみないとわかんないわ……」 ほら見ろ。やっぱりな。俺の思ったとおりだぜ。じゃあ俺が一番だな。俺はゆっくり扉を開けた。 ……普通の家だ。子供の声が大きくなる。それに混じって、若い女の人の声。 〈……はいはい。ダメよ、そんなにこぼしちゃ……〉 俺の脇を通ろうとした禊先輩が、小さく叫んで手を引っ込めた。 「ぁっ……!なんだ……!?なにかが……」 「道理で普通の人には空き家にしか見えないのね。空間が歪んでる。でも、あたし達みたいな人から見れば、死霊のニオイに満ち満ちた謎の家になるわけ……だから、そういう人が入れないようにこうやって結界を張ってるの……でも、死神にそれは通用しない。所詮死霊の一部だからね。こうすれば通れるわ」 ヘルルの鎌が何もない空間を裂く。ビニールのような膜が切れるのが分かった。 「これで入れるわよ」 裂け目から体を滑り込ませて、土足のままあがる。声はいつの間にか止んでいた。そして次の瞬間、俺達の後ろにあった玄関の扉が音を立てて閉まっちまった! 「あっ!ちくしょう!!」 「……びくともしない……」 「こうなったら意地でも探し出さなくちゃ!」 俺達は出来るだけまとまり、家の奥へと進んでいった。 もうどれほど経ったか。目当ての霊が見つからない。それどころか、家の構造がどんどん複雑になってるような気がする……?おいヘルル……一体どういうことなんだよオイ……。 「な、何よその目はっ。あたしのせいじゃないわよっ!この家の主が空間歪めてるんだったら!」 「一体……何故、何のために……?」 「ん……?邪魔されたくなかったのね、きっと。何かあったのよ。でも……やっぱり子供をさらうことは悪いことだから……」 「どーでもいーから早く出たいぜ・・・くっそーまたかよ」 またドアかよ・・・これでいくつ目だ?ドアノブに触ろうとしたとき、ヘルルが何かを思いついたようにドアの周りを鎌で切り裂いた。 「これでやってみて。うまくいくかも……」 「おう」 ドアノブを回そうとした、その時。 〈何故……何故来るの!?どうして放っておいてくれないの!?〉 さっき聞こえた女の声だ。 〈やめて、嫌、来ないで!!!〉 と言うことは…… 「ここが当たり部屋みてぇだな!」 「この中に子供たちが?」 「そのようね!」 〈嫌ぁっ!!!やめてええぇぇえ!!!!〉 ドアノブをひねった。ドアを開けた!一瞬強く風が吹いた。中には、全て五歳くらいの男の子供らだ。みんな横たわって目を閉じている……まさか!? 「……大丈夫。眠っているだけだ」 禊先輩が確かめてくれた。女は……霊の本体は何処だ? 『私の……私の可愛い子供たちに触らないでッ!!!』 強風と、ガラスの割れる音!!でも音は……廊下から!?ガラス片が俺達めがけて飛んでくる! 「“壁(へき)”!!」 ヘルルが術を叫んだ。壁のようなものがガラス片を弾く。やった! 「やるじゃねぇかヘルル!」 「……まあね!!これぐらい出来なくちゃ死神なんてやってられないわよ!」 半人前だけどな。俺は心の中で付け加えた。まあ何にせよ、ヘルルの術のおかげで助かったんだ。揚げ足とってなんていられない。 『そんな・・・そんなあぁっ!!!』 声がダイレクトに、子供ら側の方から聞こえた。禊先輩が中段に構える。俺も見た。子供らの前で髪をかきむしっている、若い女がいた。 『私の子供たちがまたいなくなってしまう……!!そんな……嫌よおォッ!!!』 ヒステリックな声が、強風の渦を巻き起こす。それを見た先輩が飛び出した! 「禊先輩!!!」 「水龍よ……水神の力よ……!!」 青い刃がきらめいた。風船の割れるような音が部屋中にはじける。次の瞬間には、あんなにたくさん渦巻いていた風が消えた。 『……あ……』 「これぐらいなら何とでもなる」 刀を構えたまま、先輩は言った。か……カッコイイ…… 「またいなくなってしまう……これはどういう意味だ?」 沈黙。 「答えていただきたいのだが……」 『……うるさい!!あんたに何が分かるって言うのよ!!子を失った母親の苦しみが分かって!?この子達はあたしの子よ!!幸せな生活を送っていただけなのよ!?どうしてまたその幸せを奪おうとするのよ!!』 半狂乱の女を前に、先輩は俺に合図を送った。分かりました、任せてくださいよ、先輩。 「あなたが幸せだからと言って、その子供たちも幸せだと言い切れるのか?その子達にも両親がいる。両親は今子供が消えてしまって嘆き悲しんでいるというのに、あなたにはその痛みが分からないのか!?」 『幸せに決まってるでしょう!?ここには何でもあるもの・・・私の愛情だってあるし、子供たちの笑いも絶えないわ!そう、これの何処が幸せではないの!?この子達は私の可愛い子供たちなのよ……』 「聞いてみろ」 先輩は鋭く言って床の子供らを指した。俺はそれを合図に、ゆっくりと、音を立てないように移動を始める。 「……おとうさん……おかあさん……」 「ぱぱ……やくそくの……らじこん……はやく……」 「はやく……かえんなきゃ……かあちゃん……」 寝言の呆然としている女の霊に、俺は更に近づいた。 『う……そ。嘘、嘘!!どうして!?どうしてよおお!!?』 「……あなたがどんなに愛情を注いでも、結局はさらってきた子供……この家に『親切なお姉さん』はいても、『お母さん』はいなかった……そういうことだったんだ」 そして俺は鎌を振った――――― ……思い出した。今から三十年くらい前に、ここで殺人事件が起きたんだ。たまたま留守番をしていた五歳の男の子が、無惨にも切り刻まれるというひでぇ事件だったそうだ。シングルマザーだった母親は、死んでいる我が子をみてショックを受けた。それからは……息子と同い年の子供をみると、勝手に連れて帰ってきちまうようになった。 でも……いくらそうしても、死んだ我が子は帰らない。ある日母親は自殺をしてしまった。それからずっとここは空き家になっている…… 「・・・かわいそうな人ね」 穏やかに光を放つ光の玉をカゴ越しに見ながら、ヘルルはぽつりと言った。 「そうだな……」 起き出した子供を見やりながら、先輩も言う。前の大きな窓を開けてやる。子供たちが外に出た後、俺は改めて部屋を見回した。床には埃がたまり、よく見るとフローリングの床におびただしい血痕がついていた。 「……」 俺達はしばらく、黙祷を捧げた。 「……戻ろうぜ」 俺が言うと、二人ともうなずいた。外に出る。昼の時報が鳴り響いた。 「…… …… ……あ。」 ふと、先輩が小さく声を上げる。 「?」 「どしたんすか?」 珍しく先輩が青くなっている。 「飯……作らないと」 「……マジですか?」 「最近母さんの具合が良くなくてな。港はテニスの試合でいないし、父さんは稽古……まずい、明香が怒る……」 俺は先輩の背中をぽんと押した。 「じゃあ早く行かなくちゃダメですね!」 「ん……すまん、また明日。遅れるなよ」 禊先輩が猛ダッシュで駆け去った後、俺はまた歩き出した。と、袖をヘルルがつかむ。 「んだよ」 「まだよっ、まだ悪霊のニオイがするわっ!!これはもう即始末しなくちゃ!!」 ちょ、ちょっと待て!休み無しかよ!?冗談じゃねぇや!! 「少しぐらい休もうぜ!!?」 「ダメッ!!!今すぐよっっ!!!」 セーギの味方もといセーギの死神に休み無し……か。やれやれだぜ。 「ほら!行くわよっ!!」 「へいへい」 俺はちょっとやけくそ気味に、木刀(鎌)を抱えなおした。 今日も明日も明後日も、悪霊退散死神仕事、だぜ。 〜悪霊退散死神仕事!完〜 |
お疲れ様でした。これにて完結です。
何回見ても、なんだか分からないという(汗)
でもノリはとても気に入っている作品です。
ここまで読んでくださいまして、ありがとうございました☆
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