断絶した回路
-Epilogue-


 翌日の深夜、射撃場に銃声がとどろく。
「それにしても、あいつ不気味だったな」
 壁際に背を預け、黒く輝く鉄の塊をもてあそびながら、豊高はハデスに声を投げる。
「何の話だ」
 トリガーから指を離し、ハデスは黒髪をかきあげながら、相棒に問う。
「あいつだよ、何て言ったっけ。あの赤毛の。あいつ、俺に両腕撃たれたけど、ずーっと笑ってたんだぜ」
 気味悪い、と言いながら、豊高は大げさに両腕を擦ってみせた。
「色んな回線がぶっ壊れてるみたいでさー。ずっと笑ってて。正直マジ怖かったぜ。さすがの俺も死ぬかと思った。血まみれで飛び掛ってきたときなんか特に。笑いながらだから怖さ倍増、みたいな」
 指で額をたたきながら、豊高は首を振る。ハデスは見向きもしない。再び体を的へ向け、訓練に戻っている。
「聞いてくれよ、俺の話」
「知るか」
「ちぇ……昨日の勝負も俺の負けだったし、散々だぜ」
「楽しいのではなかったのか」
 銃弾が的の中心を穿った。それを確認したのか、ハデスが応じてくる。視線は相変わらず的に向いていた。
「楽しかったけど、よくよく考えてみたら怖かったって話」
 話しやすいように、豊高はハデスの隣へと歩を進める。
「機械になったら、そういう部分は無くしてほしいなー。楽しいとかそういうのは残しておいてさ。怖いとかそういうのは無しの方向で。そうすりゃ楽しいだろうなー。ゲームももっと楽しめるだろうなー」
 もてあそんでいた銃を手の内で回し、的を狙う。発砲する。弾は的の額を貫いた。満足そうに幾度もうなずいて、豊高は再びハデスへ声をかける。
「そういうのだったら、よくないか?」
「無駄なことを考える暇があるなら、己の腕をあげたほうが効率的だ」
 あくまでハデスの答えは同じだった。
「結局はそうなるわけね……」
 豊高は半眼で相棒をにらむが、無駄だった。ハデスの弾丸は視線に怯むことなく、次々と的の急所に当たっていく。
「短い時間の中で、どれだけ多く仕留めることができるか。それだけだ」
「だから冷血マシーンって言われるんだよっ」
 唇を尖らせて、豊高が呟く。が、ハデスの反応は無い。
「それが楽しいんだって言ってるじゃねぇか」
「理解できん。ただ命令に従って動くだけだ」
 弾丸は確実に的の心臓を貫通していく。豊高は口笛を吹いて、相棒の腕を賞賛した。
「それをいかに楽しむかが鍵なんだって。相手を仕留めて自分も楽しい。これ基本ね」
「知るか。どの道やっていることは同じなのだ、今更何を言っても同じだろう」
 ハデスは再び髪をかきあげ、壁の時計に目を留める。豊高も同じように時計を見た。針はもうすぐ、一時を示そうとしている。
「今日は何時だっけ」
「じきに召集がかかる」
「今日こそ俺の勝ちだからな、覚悟しろよ」
「知るか。勝手にしろ、それよりも腕のぶれは直ったのか」
「だから、苦しむのは俺じゃねぇってば。関係ないね」
「弾が無駄になる。フェアでない勝負はしたくない」
「予備持ってくよ。それならいいだろ」
 昨夜と同じ会話を繰り広げながら、二人の男は的を狙った。
「あいつ、今日も盗聴して邪魔してくるかな。もしそうなら、絶対に俺が仕留める」
「邪魔者はこの世から抹消するのみ。有無は言わせぬ」
「違いねぇや。全部潰しちまえば問題無し」
 弾が的の心臓を穿つ。豊高は口笛で喜びを表し、ハデスは眉一つ動かさない。やがて召集の号令がかかり、与えられる情報を、赤毛の妨害者が薄く笑みながら聞いている。
 ゲームを行う彼らに、罪悪の念は無い。ある者は獲物を追い、狩りを楽しむ。ある者はそれを義務としてこなし、ある者は刹那の悦楽を求めて参加する。自他の生死はゲームを彩るものでしかないのだ。
 断ち切られ、停止させられた機能が何なのか。彼らは何も知らないまま、今宵も闇夜に身を投じるのである。

end.

(2006.9.20脱稿 2008.1.16 細部訂正)


某所に掲載した中編です。
ページ数は二段組で十六枚前後。長いです。
推敲を四回しただけあり、昔のものでも割と読める部類です。
本編を知らない方でも読めるようにしてあるつもりです。
本編を知っている方はにやにやできる特典があります。
時間軸は本編の三年前、豊高、ハデスは十八頃の設定になっています。
ちなみにボスが大人気です。なぜでしょう。分かりません。

本編を知らない方にも好評だったようで、嬉しい限りです。
これが載っている本を持っている方は、くれぐれも間違い探しをしないでください。





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