妖狩


 唄が、夜の帳の内から溢れ来る。一面の桜が並ぶ通りを縫うように、深く波を描きながら広がっていく。
 そして帳を切り裂く色は、月のそれより清らかな白。淡い紅の刀身が、月の光に煌めいた。聖なる焔が髑髏を薙ぎ、一刀の元に斬り伏せる。音無き断末魔の咆哮が、人気の無い通りに響き渡る。聞いているものは誰もいない――否、一人だけしかいなかった。
 長身痩躯、凹凸の少ない身体を黒一色で包んでいる。黒革の手袋をはめた手に刀、鮮やかな紅の刀身には白銀の焔が踊っている。目つきはお世辞にもよろしくない。整った顔ではあるものの、仏頂面で焔の先をにらみつけている。
「……ガシャ髑髏(どくろ)……こんな奴まで暴れてるってのか」
 人影は呟く。声は変声期を終えた少年にしては少々高く、年頃の少女にしてはかなり低い。険しい瞳をさらにすがめて、燃え落ちるそれを眺めている。
「ここ最近じゃ、おとなしい妖怪まで人間を襲いやがる。脅かすだけじゃ飽き足らず……って言うには、どうも妙な話だぜ」
 誰にともなく舌打ち一つ。
「妖魔がらみか? ……面倒臭ぇな、クソ」
 真っ白い焔の中、妖怪が悪態と共に音も無く崩れ去る。その光に照り映える桜は、この世のものとは思えぬほど美しく、妖しく自らの命を誇っていた。
 人影が刀を一つ振る。白い焔は塵と消え、花弁が空高く舞い上がった。

 ――桜 桜 弥生の空は 見渡す限り……

 夜は更ける。紡がれる唄も、風に溶ける。妖の消えた桜小道に、唄の名残が細く途切れた。

 異形のものを妖(あやかし)と呼び、それらを狩る一族がある。言葉を繰りて妖を狩り、妖を狩りて人を守り、自ら身と命を捧げて生きる。
 これから行く道が、戦いと死と断末魔にまみれていたとしても、決して逃げてはならない。決して目を背けてはならない。命消える瞬間まで、真正面から斬り伏せ、ねじ伏せ、進んでいく。この命は、この身体は、この魂は、全て須らく人間のためにあれ。それが盾の一族の定め。

 人は彼らを、妖狩(ようしゅ)と呼んだ。

(初回アップ:2006.2.14 最終修正:2009.9.29)





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