「……よぉ……コレか?問題の竹刀って……」
「おうよ。コレさえありゃぁ、あの澄ましたあいつの頭をぶち割れるってことよ」
「コレ使ってたイかれた先行の霊が憑いてるって言うじゃねぇか……やめようぜ……」
「バカ野郎!!そんなものいやしねぇよ!馬鹿馬鹿しい……よし、これでいいぜ……待ってろよ、神楽禊!!」
* * * * * * * * * * * * *
七月に入った。試合当日、その練習中。俺の隣にいたヘルルが、突然顔を上げた。
「どした?」
「……たくさんの血と……死霊のニオイがするわ!」
そして、武道館の扉が乱暴にたたかれる。通称「姉御」こと大山潤先生が怒鳴りつける。
「うるせぇぞオラァ!!!もうちっと静かに出来ねぇのか!!?」
性別はもちろん女。実は三十代後半だが、すっぴんでも二十代にしか見えないのが自慢らしい。でも口は悪いので未だ独身だ(内緒にしておいてくれよ?)
「「まーまー姉御……」」
男女部員のほとんどになだめられ、姉御は舌打ちした。
「ちっ……どなたですか?」
〈これ角山君、もう少し丁寧にたたけないのかね……あ、あのー、今日試合を入れました杉岡高校ですけれどもハイ〉
「あぁ、ハイハイ!どうぞ入ってください!」
コロリと態度が変わる姉御。何だあのとってつけたような笑顔は……ぶ……不気味だぜ。
と、ヘルルが俺の肩をぎゅっと強く握る。相当やばいらしい。
「いやぁ〜大山先生、すみませんねぇ、よろしくお願いしますねぇ、ハイ」
「いえいえ、こちらこそ……オラァ!!あいさつどうしたんだよぉ!!!」
「「よろしくお願いします!!」」
「いえいえいえいえ、ね、こちらこそですよ、ハイ」
人の良さそうな顧問だ。にこにこしている。姉御は素早く席を用意すると、その先生と一緒に座った。先輩達は?
「やあ田辺君。今日もよろしくね」
「梅宮君。今度こそ絶対負けないよ」
「綱元おぉ!!ぜってーー勝つぞ!!覚悟しろ!」
「おぉ川村。無理だからやめておけ」
何回試合をやったことがあるらしく、親しげに言葉を交わす先輩方がたくさんいた。禊先輩は?柄の悪そうな奴らに絡まれてる!あれ全部三年なのか……こえぇ。
「相変わらずお澄ましかよ、神楽」
「角山……別にそうしているつもりは無いが……」
「それが気にいらねぇんだよ!今日こそぶっ殺してやる。覚悟しておけよ」
「今日がお前の命日だぜ!」
「角山が本気だしゃぁお前なんかゴミみてぇにぼろぼろになっちまうぜ!」
「……」
物騒なこと言われてるなぁ……先輩、大丈夫かな?って言うか周りの奴くっついてるだけかよ?先輩のことが怖いんだな?けけ、バーカ!
「オラァー神楽ー!!さっさと始めろー!!」
「分かりました、先生」
おっと、さっさと用意しねぇと姉御に殺されちまうぜ。
「竜介、あの角山って人から・・・」
「後で!」
ヘルルには悪いが、今の俺には姉御の鉄拳の方が怖い!
「面有り一本!副将、梅宮和俊の勝ち!」
姉御の声が響いた。その直後、先輩のファンクラブ会員達が歓声を上げる。
「「いやあぁ〜ん!!梅宮様かっこいい〜!!」」
「応援ありがとう。嬉しいよ」
気絶者続出。アホかあいつら。
「また負けてしまったね」
「いや、相変わらずいい腕だね、田辺君」
爽やかに奨励しあう先輩方。かっこいいなぁ……ちなみに俺の試合はもう終わっている。当然と言えば当然だが俺の圧勝。俺の試合が見たい?また今度の大会に応援来てくれれば見れるぜ!
それはさておき、次の試合は主将……禊先輩の試合だ。先輩は鬼のように強いけど、相手はあれだし……ちょっと不安がある。
「主将前へ!」
その時だ。俺の背筋に何か寒気が走ったのは……相手の竹刀には血痕のような赤黒いシミがあちこちにあって、不気味だった。いったい何なんだありゃぁ!?
「礼っ!……始め!」
緊張の中、試合が始まった。相変わらず先輩は隙がない。まるで水みたいに動く。それが強さの秘訣だ。試合中は絶対に隙を見せないんだ。対する角山は隙だらけ。これじゃあ勝負は決まったようなものだな。そう思ったその時!
バキイッと音を立てて、禊先輩の竹刀が折れちまったんだ!!
「ッ!!」
角山の構えが変わった。あれはまさか……!
「突きいぃぃい!!!」
「ぐぅッ……ぅ……!!」
弛緩していた空気が、さっき以上に緊張した。突きは危険だから、俺達の学校じゃ使用禁止になっているんだ。もちろん試合前にも言われた。使用禁止の技の中に突きも含まれていた。それなのに……!いや、そんなことはどうでもいいんだ!
「「「禊先輩ッ!!!」」」
「「「禊ぃっ!!!」」」
スローモーションに見えた。先輩が仰向けに倒れる。梅宮先輩が駆け寄って、素早く面を脱がせた。綱元先輩が胴の紐を解いて衣服をゆるめる。
「禊!僕が分かるか!?」
「禊、しっかりしろっ!!禊ッ!!」
禊先輩はぐったりしたまま、梅宮先輩の腕に収まってる。意識不明……!そんな!
「神楽!神楽ァ!!そんな、お前が……!嘘だろ!?」
「川村、落ち着くんだ!神楽君は大丈夫だから!先生方、救急車を頼みます!」
先生方が外に走る。相手校の人たちも、副部長の梅宮先輩の指示を聞いてくれた。ただ一人を除いて……
「どけよお前ら。俺の邪魔すんじゃねぇ」
ぞっとするような声。思わず道を空ける部員達。梅宮先輩はきっと顔を上げてそいつを見た。
「角山君。一体どういうことなんだ?」
「俺は神楽の野郎をぶっ殺しに来たんだよ。今の俺に勝てる奴なんかいねぇ。逆らった奴は頭が割れちまうぜ?」
「……ここをどくわけにはいかないんだ」
「邪魔だぜ梅宮。死にてぇのか?」
ヘルルが俺に耳打ちした。
「竜介、あの竹刀……たくさんの生徒の……血のニオイと……やばそうな先生の霊のニオイがする!」
やっぱりそうだったのか!俺の手は木刀(鎌)をつかんでいた。竹刀にすれば誰にも分からない。俺は念じた。変化した竹刀(鎌)をしっかりと握りしめる。よし!
「一つ質問をしたい……殺すって……本気なのか!?」
「当たり前だろうが!!さっさと神楽を渡せ!!」
そうはさせるか!俺は先輩方の前に飛び出した!
「じゃあ俺と勝負しろ!」
「何だてめぇ!邪魔すんな!!」
「鈴木君……!危険だよ!」
何とかして一対一に持ち込まなくちゃな……そうだ!
「おいゴリラ!禊先輩に反則勝ちしたぐらいでいい気になるなよ!!禊先輩はなぁ、実力の百分の一も出してねえんだよ!!!バーカバーカ!!」
……まぁ、つまりは挑発しておびき出して一対一で戦おうと、こういうわけさ。案の定、ゴリラもとい角山は超激怒した。
「な、な……何だとおおぉおぉぉ!!!?このクソガキぃぃいい!!!!!」
よしっ!かかったなゴリラぁ!
「皆さん!!禊先輩についててあげてください!!!こっちは心配ぜぇ〜〜〜んぜん無いですから!!っと、わわっ!!やーい、当たんねーよゴリラー!!」
ヘルル、来いっ!!目で合図すると、ヘルルがものすごいスピードで飛んできた。俺は裸足のままで旧武道館跡に向かった。七不思議事件の後、ここは正式に取り壊されて空き地になっている。バトルにぴったりと言うわけだ。
「彼は操られているだけよ!悪いのはあの竹刀!」
「おうっ!行くぜぇ!!」
鎌を振り上げると、ゴリラが鼻を鳴らした。
「そんなオモチャで俺様に勝とうってのか!?」
ハッ!何がオモチャだって!?
「オモチャかどうかは自分で確かめてみろよ!!!」
鎌の刃と竹刀がぶつかる。確かな手応えと一緒に、竹刀が壊れた!!
「よしっ!」
でも甘かった。中から陰気な目つきの男が出てきたんだ。ゴリラは失神している。だらしねぇなぁ。
『いけないねぇ……実にいけない……そういう子は言っても無駄だ……死ぬほど体罰を与えなくてはならないんだ……物わかりの悪い脳味噌が見えるぐらい体罰を与えなくちゃダメなんだ……』
完璧に目がイっちまってる……キモッ!
『君が終わったら、あの禊君とやらもお仕置きだねぇ……あの能力……あの強さ……あの素っ気なさ……人をいらだたせる……いけないねぇ……実にいけない……』
竹刀のかけらが浮いた。もしや……やっぱり飛んで来た!!
「くそっ……このぉ!!」
俺は必死でそのかけらを振り落とす。頭割られてたまるかよ!ヘルルが一番大きなかけら、イカれた霊魂の所へ近づく。そしてそいつとかけらを結ぶ細い部分をすっぱりと斬った!
『ぐわ……ッ!?』
「危険思想の持ち主は、さっさと逝っちまえぇぇ!!!」
油断したそいつを、俺の鎌が薙ぎ払う!
『いけないねぇ……実に……』
ヘルルが、カゴにまだぶつぶつ言っている光の玉を閉じこめた。しばらくその呟きを聞いていたが、
「……こいつ……自分の言うこと聞かない生徒を呼び出しては竹刀で頭をたたき割って殺して、学校の裏山に埋めてたのね。そのうちに頭がおかしくなって、自分の頭もたたき割って死んだみたい」
やっぱり頭おかしかったんだな。まだ文句を言う光の玉を見て、俺は納得した。
とりあえず決着もついたし、戻るか。ゴリラは……起こさなくてもいいだろう。俺達は急いで武道館に戻った。
武道館での待機組に、俺が呼ばれたことを教えてもらった。
急いで向かう。病院の一室。禊先輩は目が覚めていた。
「先輩……!」
「……鈴木……」
とりあえずほっとした。無意識のうちに体を引いていたから、ダメージは思ったよりも少なかったそうだ。
「先生……ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」
「よかった……さすがの俺も心臓が止まるかと思ったよ」
姉御が汗を拭いながら言った。梅宮先輩も綱元先輩も、安心したような顔をしている。
「少し入院して様子を見て、具合が良かったら退院だと。梅宮、しっかり神楽の代わりしろよ」
「はい、先生。……禊、早く戻ってきてね」
「かず……」
「お前がいないと……つまんねぇからな」
「ゆう……すまん、ありがとう……」
「先輩、ゴリラは俺がのしときましたから!」
俺の言葉に、禊先輩が笑った。姉御なんか、
「ゴリラ!ゴリラね、言っちゃ悪いけど確かにそうだわ!!」
と言って、腹を抱えて大笑いだ。病室が明るい笑い声でいっぱいになった。
* * * * * * * * * * * * *
禊先輩は一週間後に退院した。相変わらず鬼のような強さと怖さで指導してくれている。が、それにプラスして悩みも出来たらしい。それは……
「やあ神楽君。調子はどうだい?」
「神楽!!次は俺と勝負だ!!」
あの後。禊先輩はゴリラと再戦した。もちろん、先輩の圧勝。それが原因でか、田辺さんと川村さんはすっかり先輩の強さに魅せられてしまったらしい。こうやってわざわざ来ている。そしてもう一人……なんとあのゴリラも田辺さん達と一緒に来ているのだ!!ありえねー!しかも態度が違って不気味さ二割り増しだぜ!
「神楽ァァァ!!頼むッ!もう一度俺と勝負してくれええぇぇぇえぇ!!!」
「うわぁっ!な、泣くな!!離れろおおぉぉ!!」
「神楽君、ぜひとも僕と……」
「神楽ーーー!!!」
梅宮先輩が、爽やかに笑いながら(でもなんかいつものより怖いような……)こう質問した。
「ところで君たち……部活は?」
そうそう、俺もそれ気になってた。
「「「理由つけて休んでる」」」
アホくさ……。おまけにこの人達ではとどまらず、あっちの学校の女子剣道部に禊先輩のファンクラブが出来たらしい……おいおい……
「堪忍してくれ……」
半ば涙目で、禊先輩が小さく呟いた。あらら……あの先輩をこんな状態にしちまうなんて……ある意味すげぇよな。それよりも……こんな時に姉御が来たら……ぜってぇ……
「オラアアァァァ!!!!何だてめぇら!!!帰れ帰れ!!!」
って言うよな……って、本人いるし!あーあ、俺知らね。つまみ出されること確実だな。姉御は他校生でも容赦しねえからなあ。おぉ怖。
姉御の竹刀がうなる!追い散らされる他校生!結構凄まじい光景だ。ふと思った。
「……あれじゃぁよ。第二のイカレ霊になりえねぇか?」
「……かもね」
ヘルルも俺も、そうならない事を願うばかりだった……
〜No.4に続く〜
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