断絶した回路
-Prologue-


「機械になれたら、さぞかし楽だろうな」
 言って、黒衣の男は的を狙う。鋭い双眸を細め、トリガーに指をかける。
「どうしたよ、急に」
 もう一人は銃を右手でもてあそび、癖の強い茶髪を左手でかき回しながら壁にもたれている。辺りに人の気配はなく、誰もいない射撃場が並んでいるだけだ。
「ただ、そう考えただけだ」
 弾は当たった。的の中央に穴を空ける。相変わらずの腕に、壁際の相棒は口笛を吹いた。
 その賞賛には応えず、彼は長い黒髪をうるさそうにかきあげて問う。
「豊高はどう思う」
「俺?」
 豊高と呼ばれた青年は、手中のものをくるりと回した。
「珍しいな。お前が自分から質問するなんてさ」
「少しな」
 そうだなぁ、と指で額をたたきながら、豊高は首をひねる。手は絶えず動き、黒く光る鉄をいじっている。
「楽だろうなぁ。ミスったりしねぇだろうから、怒られることもないだろうし」
 そこからおもむろに発砲する。放たれた鉛玉は、的の中央よりも右に命中して空洞を作った。
「ちぇ」
 猫にも似た目を悔しげに細め、彼は再び銃を回す。
「こういうのも正確になるだろうしさ」
 もう一発。今度は左側へ。見かねたのか、黒衣の相棒が口を挟んだ。
「腕がぶれている」
「分かってるよ、ちぇ」
 軽く肩をすくめ、唇を尖らせる。それから、ふと思い出したように尋ねた。
「そういやハデス、お前何で機械になりてぇの?」
 冥府の王の名を持つ男は、ほんのわずかに瞳をすがめた。
「別に。さっきも言ったとおり、ただ考えついただけだが」
 それから記憶をたどるように、少々の間を置いて続ける。
「誰かにそう言われた記憶がある」
「冷血マシーン、ってか?」
「ああ」
「あのなあ……」
 豊高の声に呆れが混じった。
「お前、ちっとは憤慨するとかしろよなぁ。昔から言ってるじゃねぇか」
「憤慨する理由が見当たらん。真実を否定してどうする」
 淡々と言葉を落とすハデスは、普段と変わらない無表情だった。整いすぎて無機質ささえ感じられる。そんな横顔を眺め、豊高は首を振って頭をかいた。
「だからそういうこと言われるんだっつの。分かってんのか?」
 ハデスからの返事は無く、銃声が代わりに答えた。
「何時からだっけ。召集は?」
「二十六時。召集は二十五時」
「依頼内容は?」
「詳細は社長室で、だそうだ」
 撃ちつくしたのだろう。ハデスが銃を降ろす。額にはうっすらと汗が浮いていた。
 豊高は彼にタオルと弾を投げてやった。手の内にある得物を握りなおし、ゆっくりと壁から背を離す。
「今日も俺が勝つからな」
「それよりも、撃つ度にぶれる腕をどうにかしろ。弾が無駄になる」
 自信ありげな豊高の台詞に、ハデスは取り合わない。隣にやってくる茶髪の相棒にそういうと、弾を込め、再度照準を的に合わせた。
「いいんだよ。当たって苦しむのは俺じゃねえもん」
 笑いながら、豊高は的の額を撃ち抜いた。後の弾は不規則にあちこちへ当たる。
「フェアではなくなるだろう。弾切れになったら興ざめだ」
「心配すんなよ。予備持ってくからさ」
 ハデスの銃撃は、鋭く急所を穿っていく。機械のように正確に、確実に、単調に。
「お前よりやってやるぜ。目標は二十人」
「そんなにいない」
「じゃあお前のプラス一人」
「勝手にしろ」
 なじみすぎた武器を操りながら、二人の男は召集の時を待つ。

(2006.9.20脱稿 2008.1.16 細部訂正)



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