龍の血脈
閑話
-1-
呼び出し音が耳を打つ。静かに待つ、少女が一人。 「……」 やがてぷつりと音が鳴る。相手が通話ボタンを押したのだ。 『はい』 けだるそうな青年の声、少女は答える。 「『クレイジーヘドニスト』ね」 『……分かっててやってるなら、あんた相当な性格してるぜ』 やはりけだるげな音を残して、青年は言う。けだるげではあるが、明らかに馬鹿にする色があった。 「仕事の依頼よ」 一瞬の沈黙が降りる。 『俺はガキが大嫌いなんだよ。ガキはさっさと寝ちまえ』 後の音は、先ほどよりも嘲りが濃くなっていた。 「150で依頼をするわ。ある家を調べて欲しいの」 『冗談じゃねぇぜ、御嬢ちゃん? 言ったよな。俺はガキが嫌いなんだよ』 「対象は龍の流れを組むとされる六つの家。神楽、出雲、稲葉、櫛名田、瀬織、そして大神。調査に必要なの」 笑いは途切れる。それから、 『……お前、本気なのかよ』 ほんの少しだけ、嘲りが消えた。少女は特に気にした様子もなく、返す。 「少なくとも、お遊びなんかじゃないわ。研究に役立つことだもの」 『……――研究……おいガキ、お前桐御原ンところのガキか』 「その名前で呼ばないでちょうだい」 少女は淡々と言葉を紡ぐ。この年の娘らしからぬ大人びた口調は、確かに年齢以上に思わせるだろう。 だが、一つの答えを引き当てた何でも屋にしてみれば、そこから全ての情報を取り出すことなど造作もない。電話口からは、喉で笑う声がした。 『なァるほど。おもしれぇ奴からの依頼と来たもんだな』 「それで、引き受けてくれるの」 『内容を聞いてからだ。俺が飽きたら途中放棄する。依頼完遂までに、金は用意してもらう。それが守れなければ、命は無いぜ』 「分かったわ」 少女はためらいもせずに、承諾する。 『はぁん。親の金だから、好き勝手につかえるってことかい?』 蔑みの言葉にも、少女は動じない。 「好きに取ればいいじゃない」 『くくっ。怖ぇ怖ぇ』 青年は再び、喉の奥で笑ったらしかった。それを最後まで聞いてから、少女が声を発する。 「早速動いて頂戴。私が見込んだ以上の働きなら、倍額払ってもいいわ」 『ヘッ。金持ちはさすが、言う事が違うぜ』侮蔑を含んだまま、彼は嗤った。『交渉は成立だ。破ったらお前の首をもらうぜ』 「お好きにどうぞ」 少女も変わらず、淡々と答えた。 電話が切れる。少女は椅子を回して部屋の隅へと視線を流した。一人の少年が控えている。金色の髪に、鮮やかな新緑の瞳を持った、小柄な少年だった。声をかけようとして、少女は再び電話が鳴っていることに気づく。電話に出れば、あるテレビ番組に出て欲しいとのことだった。研究についての番組だそうだ。 少女は一度少年へと目を向ける。少年は光沢を持つ瞳で見返してきた。 「こちらは忙しいのですが、そこまでおっしゃるならば出ます。ただし、条件があります」 わざと言葉の速度を落とし、少女は条件をつきつける。 「番組に出る代わりに、私の護衛……ドラゴニスを近くに置くこと。これがなければ、辞退させていただきます」 二つ返事のディレクターに、型どおりの挨拶を返して電話を切る。少年は音もなく立ち上がり、少女を正面から見据えてくる。 無機質な、無感情な新緑の目に、少女が映っている。 「ドラゴ」 「はっ」 「収録は明日の正午からだそうよ。お前も一緒に来なさい」 「謹んでお受けいたします」 ひざまづく少年の背中に、少女はただ目を落とすだけであった。 (2006.? 2007.2.19訂正) |