二-er- 


 ――よし、俺が龍ならお前は虎だ、今日からお前は虎の牙だ!
 言って笑う男の手は、大きくて温かかった。翠憐(ツイリャン)と一緒くたに抱きかかえられて、両親が死んでから初めて大声で笑った。
 陳龍牙(チェン ロンヤ)。虎牙に新たな名を与え、虎牙へ生き様を示した男であった。そして虎牙が手にかけた、最後の男であった。

 たなびく烟の煙を目で追い、虎牙は天井を仰いでいた。人間は暇になると、過去にさかのぼりたがる生き物らしい。小汚い賓館の床(ベッド)に寝そべりながら、ぼんやりと考える。
 ひびが入った窓玻璃(窓ガラス)からは、傾きかけた陽の光が差している。解けた虎牙の長い髪を照らし、橙の光沢をつけていた。
 黒幻はいない。行き先も知らない。夜が明けるころに帰ってきては、またふらりといなくなる。言い置くだけの価値もないということなのか、虎牙はそれが苛立たしい。
 あれから三日が経った。その間に交わされた会話は、全て二言以内で終わっている。ちなみに黒幻から返って来た返事は「黙れ」「知らん」「勝手にするがいい」のどれかであった。統計を取ったわけではないが、記憶を探る限りこの三つしかない。
 そもそも会話と呼んでもいいのかどうか、判断に困る。考えてみれば、まともな文章を口にしたのは、あの宵闇のごとき男に再会した日とその翌日だけのような気がする。このままだと正しい言葉を忘れそうだ。他人と会話にならなかったら黒幻のせいにしよう。虎牙は責任転嫁を決意した。
 それから、何とはなしに己の手を眺める。一週間前、港の倉庫で仕事をしたときにできた血豆がある。金属の球棒(バット)で、拳銃相手にやりあったときのものだ。道具を使ったのは久しぶりだったが、やはりどうも性に合わない。
 拳一つでやりあうのが、喧嘩屋の流儀。龍牙はそんなことを嘯いていた。
 光は徐々に弱まり、あわせて空気も冷えていく。やはり暇だと、余計なことまでたどってしまう。虎牙は一度息をつき、のろのろと身を起こした。
 その反動でか、口袋(ポケット)から金属音と共に何かが滑り落ちる。
「っと、いけね」
 拾い上げ、指に挟まれたそれをしばし眺める。千切れた銀の鎖がついた、同色の板だ。かろうじて自分の名字だけが読み取れるも、名前の部分はひしゃげている。
 迷子札なのか、それとも別のものなのかは分からない。幼い頃、龍牙に拾われたときに握り締めていたものだと、後で教えられて知った。
 ここからもとの家を探すことは、ほぼ不可能だろう。李という姓はごくありふれているし、肝心の名前は潰れていて読むこともかなわない。もっとも、探したところで既に帰る家を失っている虎牙にとっては意味もない。
 両親がいない今となってはもはや、無用の長物ではある。が、どうしても捨てる気にはならなかった。
 手のひらの上に乗せ、弄ぶ。鎖は小さな音を立てて、虎牙の鼓膜を震わせる。
 一呼吸の後、ふと扉側に気配が生まれた。慌てて板を口袋に押し込み、戸口を見やる。相手もたじろいだのか、息を飲んでたたずんでいた。黒幻ではない。この賓館の主、でっぷりと太った中年の男だ。
「何だよ」
「お電話が、入っております」
「誰から」
「それが、匿名の男性からでして」
 男は苦しげに息をつき、
「『上海の虎』様にと」
 心当たりは無い。靴裏で烟の火を消し、髪を大雑把にくくってから、虎牙は立ち上がった。

 人気の無い通りを進んでいく。廃墟となった大楼(ビル)が立ち並ぶこの辺りは、昼間でも滅多に人が近づかぬ場所の一つだ。上海の裏側、表と区別して呼ばれる通称裏上海には、往々にしてそんな場所が存在する。かすかに立ちこめる澱んだ臭いは、妖魔に食われて放置された死骸の腐乱臭である。
 時刻は深夜の二時になろうとしていた。依然として静寂が周囲に満ち、虎牙の足音だけが木霊している。
 この奥の広場で、電話の主が待っている。わざわざ人のいない時間帯と場所を指定してきたのだ、なにやらでかい話があるに違いない。短くなった烟を吐き捨て、新しいものに火をつける。
 視界が開けた。いびつな楕円形の空間は、不自然なまでに何も無い。どこぞの金持ちが買い占めたが、あまりの治安の悪さに匙を投げ、結局手付かずのまま残っているという。周囲の荒れ具合を考慮すれば一目瞭然だが、表だけで生きている者には理解できなかったのだろう。
 広場の中央にいるのが、連絡を取ってきた人物らしい。長身の男である。顔のつくりは逆光で見えない。烟をくわえたまま、虎牙はことさらゆっくりと足を運ぶ。
「『上海の虎』だな」
 電話口で受けた声だった。平坦で事務的な音がやけに耳につく。
「それを承知で呼び出したんだろ」
 足を止め、憮然として応じる。分かっていてやっているならば性質が悪い。虎牙は一つ舌打ちした。
 対する男は答えないまま、無造作に左腕を振るう。空気が音を立てて震え、ひずむ。ひずみは渦を巻き、やがて鋭い爪がそれを突き破った。
「なるほど、確かに覚醒している。これは危険だな」
 何のことを示しているのか。全く話の筋が読めない。だが、空間が歪む状況下に置かれれば、それの示すものは火を見るよりも明らかだ。
 息を詰めて身構える。いまや広場は、肌を刺すほどの殺気に包まれていた。
「馬鹿な小僧だ、本家を置いて一人で来るとはな」
 男が笑みを浮かべた――気がした。
 耳まで口が裂け、紅の牙が覗く。わき腹からは新たな腕が生えた。胴体が伸び、耐え切れなくなった腰が裂ける。内臓に代わって零れ落ちたものは毒々しい緑色、ぬめった光沢を放つ甲羅で覆われていた。脚がやたらに多い。体長は人間の姿をしていた時の倍はあろう、蜈蚣(ムカデ)にも似た生き物がいる。
 宙に浮いた裂け目からは、それと同じ姿をしたものが次々になだれ込んでいた。かすかな腐臭をかき消すほど、強烈な生臭さが辺りに漂う。
「妖狩の血筋ほど厄介なものはない。危険な種は潰すが得策だ」
 不意に告げられた情報に、虎牙は動揺を禁じえなかった。
「妖狩の、血筋?」
 あの男と同じ血が流れているのだとは、自分のことながら想像もつかない。
 しかし、思い当たる節もないわけではない。そういえば黒幻と出会う前に、妖魔が何か言ってはいなかったか。そういえば抵抗して手首をつかんだときに、妖魔が悲鳴をあげなかったか。つかんだ箇所はどうなった。
 同時に疑問も費えない。なぜ今更になって力とやらが現れた。これまで過ごしてきた中でも、大した変化はなかったというのに。
 記憶をたどり黙する虎牙を、男だったものが嗤う。
「何と、この小僧は己に流れる血のことも知らぬまま育ったらしい」
 大顎を何度も打ち鳴らし、紅く濡れる無数の下肢を波打たせた。
「ならば話はなお早い。そのまま我らが糧としてくれようぞ」
 考察している時間は無さそうだ。耳障りな音を立て、妖魔共が迫ってくる。虎牙は改めて腰を落とす。妖狩の血が本物だというのなら、あの夜と同じように打撃を与えられるはず。
 大きく踏み込み、大顎をかざす一匹に拳を叩き込む。腕は蜈蚣の胸を貫通し、上腕部分までめり込んだ。体をひねり、反動を殺さぬまま蹴りを放つ。同時に肩を鋭いものがよぎる。熱が走った。顎の先端が薙いだらしいが、浅い。引きちぎるように足を振り抜いた。さらにその足を軸にして身を反転させ、後ろの妖魔に飛びかかる。一対多数は得意中の得意だ。
 妖魔の上半身を、あるいは虫の下半身を素手で貫いているのにも関わらず、虎牙の手は至って綺麗なままであった。服や靴は血を吸って重くなっていくが、皮膚には体液の一滴もつかない。虎牙の手に触れると、蒸発したように消えてしまうのだ。
 ――これが、妖狩の力。あまりにたやすく崩れ落ちる妖魔たち、いつしか虎牙は戦いの感覚に酔いしれていた。
 だが、少年の陶酔はいつまでも長くは続かなかった。相手の数は減るどころか、染み出る水のように増え続けている。倒しても倒しても、後ろから津波のごとく襲い掛かってくる。足下は血で滑りやすくなっていた。自然、動きが制限される。体力も徐々に削られていく。猛攻が次々とくわえられ、一向に緩まない。
 虎牙は荒く息を切らし、もはや攻撃を避けるのが精一杯であった。何度も足を取られて体勢を崩し、その度に受身を取ってやり過ごすも、いつまで持つか分からない。
 嘲笑がさざなみの如く妖魔共に広がり、耳鳴りを伴って打ち寄せてくる。
「所詮は小童よ、己の力を使いこなせなんだ」
 やはり、異形相手んはここまでが限界か。悔しさに唇を噛み締めて、虎牙は一つ呻いた。
 その瞬間。唐突に、鮮やかな色彩が燃え上がった。真紅の炎だ。生まれた光は瞬きするうちに大きくなり、熱ははじけ、頬を撫でて通り過ぎていく。
 瞬く間に妖魔の声は炭と化し、紅に包まれ崩れていく。その向こう側には、朝にはなかった気配があった。
「宵……黒、幻……」
 喉が異常に渇いている。喘ぎながら、虎牙は小柄な青年の名を呼ぶ。闇に溶け、闇を連れる男は、ほんの数刻だけ虎牙を双眸に映した。
「余計なことを」
 氷の眼差しが注がれる。「俺のせいじゃねぇ」という反論は、枯れた喉に張り付いて出てこなかった。
「体一つで勝てるとでも思うたか。馬鹿が。どけ」
 淡々と言葉を紡ぎながら、黒幻は再度妖魔の群れへと視線を投げた。高く詰められた襟からは、白い首筋が覗いている。傾きかけた月の光が、寒々とそれを照らす。
 つと、黒幻の指が虚空に伸ばされた。大きく広がる袖は、かすかな衣擦れの音を立てて彼の肌を滑る。普段はほとんど見えない手が、夜半の空気に晒された。
「冰針(ビンジェン)」
 落とす声と冷えた空気を一つ掬う。何もない場所から、いつの間にか透明な長針が生まれていた。合計で十六、両の指に二本ずつ差し挟まれている。
 鋭い呼気と同時に、躊躇いもなく放たれた。急所を刺し貫かれ、妖魔が身をよじって倒れていく。横に払い投げた両手に、揺らめく炎の気配が見えた。
「焔華(イェンファ)」
 最初に妖魔を焼き捨てた、深紅であった。瞬きをする間もなく妖魔が飲み込まれ、花弁を散らして消えていく。
「風狼(フーラン)」
 炎は風の流れとなる。絹糸のごとく絡みながら、風はやがて狼の頭をかたどった。黒幻の手を離れ、獣たちが見境無く妖魔に喰らいつく。噛み砕かれ咀嚼され、一度でも顎が触れれば、たちまち風化し砂となった。数体がたじろぎ、数体が怯えて後退し、数体はそうする前に骸へと変ず。
 虎牙は呆然と、繰り広げられる殺戮を眺めていた。皮膚は粟立ち、足は硬直して動かない。あの冷えた衝撃が全身を射る。それはもはや否定のしようもない、紛れもない恐怖だった。氷矢は深々と意識を穿ち、徐々に偏らせていく。
 もしも凶刃がこちらに向けられたならばどうする。このままでは、いつ混乱に乗じて殺されるか分からない。その「いつ」が予期できないのは危険だ。恩人が云々は、当に消し飛んでいた。残されたものは、本能的な生への執着。
 虎牙の胸中を昏い考えがよぎる。隙をつき、先手を打ってしまおうか――例えば、この殺戮が終わり気を抜いた瞬間に。著しく狭められた思考は、極論すら正当なものに思えた。
 不意に、嵐のような怒号が消える。虎牙は視線を前に戻した。鋭い風が頬をかすめ、直後に断末魔があがったのと、そして前方で何かが放り出されたのとは、ほぼ同時であった。
 異形の屍が累々と折り重ねられている。現在生存者は虎牙を含めた三人。正確には、二人と一体だけ。視界に入るのは妖魔と、膝をついた黒幻だった。右手を血溜まりに漬け、痩せた体をかろうじて支えている。受身を取り損ねたのだろう、右半身が紅にまみれていた。左手には漆黒の刀が握られている。左利きだったのかと、虎牙は場違いな感想を抱いた。
 対峙するのは、虎牙を呼び出した蜈蚣だった。一際巨大な双刃を開くと、人の形を残す腕で黒幻を捕らえ引きずりあげる。上の腕で手首をつかみ、中の腕と下の腕、さらには腰から下の脚を使い、黒幻の身を拘束した。
「妖狩の哀しい運命よ、襲われる人間の小僧を守らずにはおらなんだ」
 鋭い切っ先を獲物の首に向け、妖は粘つく声で言う。黒幻は応えず、囚われたまま顎を持ち上げる。斬れとでも言わん態度は不遜そのもの、逆に妖魔の怒りをあおるだけだった。
 紅い鋏を軋ませて、妖狩の喉へと喰らいつく。骨ばった指から針がばらばらと落ちるのが見えた。落ちる数は八本、片手分が足りない。
 虎牙は強張る首を動かし、後ろを見やった。一番上にある死骸は、額と頸に針を生やしていた。黒幻が捕まったのは、これを討つためだったのか。何のために。かばうために。誰を。
 ――自分を?
 心臓が一つ、重く鳴った。
『虎牙、でかくなったな――俺の分まで生きてくれや』
 最後の最期まで茶化すような口調だった。『上海の龍』との決闘、それ自体が龍虎の相打ちを目論むものの策略だった。自分はまんまと引っかかり、龍は途中で気がついた。
 結果、龍は虎をかばって攻撃を止め、虎に心臓を貫かれたのだ。力の抜けた背に撃ち込まれた鉛玉、全てを悟ったときには遅すぎた。
 龍牙の元を飛び出してから五年、十五で『上海の虎』と呼ばれ始めた頃だった。あれから二年。あのときと同じことが、龍牙が死んだときと同じことが、今ここで繰り返されるというのか。
 守られるだけなのは嫌だ。それで人が死ぬのも、ごめんだ。止めなければ。今ならまだ間に合うはず。目の前で誰かが死ぬのは、自分の力不足で殺されるのは、もう見たくない。
 ふらつく足で一歩、近づく。ぬかるんでうまく進めなかった。一歩、また一歩。妖魔は気づいていない。一歩。黒幻がちらとこちらを眺めた。いま一歩。膝が笑った。一歩。もう少しで届く。もう少しで。手を、伸ばして。
 鮮血が噴き出した。
 小さな矮躯が反り返る。唇からも血が溢れる。肌を染め、右肩を染めながら滝のように流れていく。蜈蚣が奇声をあげ、高く嗤った。狂喜の叫びは木霊し、立ちすくむ虎牙の耳を蝕んでいく。頚動脈が裂けたのだろうか、血は止まらない。ならばもう助からない。助けられない。
 伸びたままの手を下ろした。強烈な虚脱感が頭上から突き抜ける。急に足下が揺らぎ、虎牙は座り込んだ。そして唐突に、猜疑心に任せて行動しなかったことに安堵した。誓いを破らなかったことに安堵した。
 もしも衝動のまま黒幻に手をかけていたならば、きっと後悔していただろう。人を殺すということは、命を背負うということ。命を背負うということは、絶対に支払えない代償を背負うことだ。龍牙の命の重たさだけで手一杯なのに、黒幻の命も、彼が奪った命までもが抱え切れるはずがない。
 思いとどまった結果がこうなった。誰かが殺さなかったから、別の誰かが手を下した。「ここ」ではよくある話ではないか。虎牙は胸中で己に言い聞かせる。
 あの男は自分をかばったわけじゃない。勝手に敵に捕まってこうなった。だから龍牙とは違うし、自分のせいでもない。
 麻痺する思考を無理やりまとめた、直後。
「血毒(シュエドゥ)」
 紅の飛沫がうねった。重力に従い落ちるばかりだったそれが、妖魔に絡み締め上げる。触れた箇所は焼け爛れる。醜く崩れていく。歓喜の声は悲鳴に潰れ、途切れて消えていく。のたうちもがく蜈蚣の皮膚を、血流はさらに溶かしていく。鉄錆の臭いに加わる生臭さは、言いようもない吐き気を催した。
 口元を覆い、身を伏せること数刻。再び辺りは静寂に閉ざされる。
 恐る恐る、虎牙は背を伸ばす。おびただしい血の跡を首筋に貼り付け、黒幻が立っていた。足下には原型すら留めていないモノが転がっている。
 なぜわざわざ自分の後ろの敵を倒したのか。なぜ無事なのか。どうして生きているのか。傷はどうしたのか。次々と作られる問いは音にならず、全て舌の上で砕けていく。砕けた欠片は、やがて一つの結論を形成した。
 ――この男は、化け物だ。
 黒幻と視線が交わった。月の影が瞳に揺らめき、漆黒の色を蒼く染め上げる。
「小僧」
 呼びかけられるのは、これで二度目だった。渇ききった喉に唾を送り込み、次を待つ。
「俺を殺そうとしていたな。化け物にでも見えたか」
 見透かされていた。虎牙の体に緊張が走る。嫌な汗が耳元を滑っていった。
 黒幻が唇をつりあげる。背筋が凍るほどに冷たいが、それは間違いなく笑みであった。
「化け物――か。俺を斬ったものは皆そう言った。何、貴様だけのことではない」
 くく、と彼は喉で笑う。自嘲と他への嘲り以外の何者でもない。
「自分たちで望んだくせに、いざ手に余れば殺そうとする。盾になることを強要するくせに、従えば化け物と呼び……従わねば罵られる」
 違和感を覚えた虎牙は、思わず黒幻を凝視する。彼の面を彩る蒼い影に、言葉にそぐわぬ暗い色を見た気がしたのだ。
「人間は勝手だ。勝手で傲慢で、自己中心的な生き物だ――守る価値など、存在しない。価値の無いものは斬ってもさして問題はあるまい。それでなお化け物と呼ばれるのなら、貴様らの望むとおりになってやろう」
 やはりそうだ。黒幻の声音には嘲りがあったが、表情には悲哀さが滲んでいた。寂しそうで、切なそうで、そしてひどく苦しそうだった。およそ今までの彼とは想像もつかない。
 虎牙は戸惑った。人を人として見ず斬り捨てる男が、なぜそんな顔をする。一体この男には、何があるというのだろう。話を繋ぐため、必死で問いを投げかける。
「なんで、そんな」
 そんな哀しそうなんだ。しぼり出したはずの問いは、途中でかすれて声にならなかった。
 黒幻は虎牙から目を外して身を翻した。先の感情も、表情も、当になりを潜めている。
「おしゃべりが過ぎた。貴様には関係のないことだ」
 そこにかすかな焦燥が混じっていたのは、果たして虎牙の気のせいだったろうか。

(投稿日:2007.7.14 最終訂正:2008.3.25)

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